なぜ取引先は紙の契約を希望するのか
まず、取引先が電子契約に難色を示す理由を理解しておきましょう。理由を把握することで、適切な対応策を講じることができます。
よくある理由
1. 電子契約の仕組みがわからない
電子契約を利用した経験がなく、操作方法や手続きの流れがイメージできないケースです。「難しそう」「面倒そう」という漠然とした不安から、従来どおりの紙を希望することがあります。
2. 法的有効性への不安
「電子契約は本当に有効なのか」「裁判になったときに証拠として認められるのか」といった法的な懸念を持っている場合があります。電子署名法や政府見解について知らないと、不安を感じるのは自然なことです。
3. 社内ルールや決裁フローの制約
取引先の社内規程で「契約書は紙で保管する」と定められている場合や、紙の契約書を前提とした決裁フローが確立されている場合があります。電子契約に対応するには、規程の改定や承認ルートの見直しが必要になることもあります。
4. ITリテラシーやインフラの問題
担当者がパソコン操作に不慣れだったり、会社としてITインフラが整っていなかったりするケースです。特に小規模事業者や高齢の経営者の場合、電子契約への移行ハードルが高いことがあります。
5. 業界慣行や取引の性質
不動産業界や建設業界など、長年にわたり紙の契約書が標準だった業界では、電子化への移行に時間がかかる傾向があります。また、公正証書が必要な契約など、法律上電子化できない契約もあります。
取引先が紙を希望したときの基本姿勢
無理強いはしない
電子契約は双方の合意があって初めて成立します。取引先が紙を希望している場合、強引に電子契約を押し付けることは避けましょう。取引関係に悪影響を及ぼす可能性があります。
重要なのは、電子契約のメリットを丁寧に説明しつつも、最終的には取引先の判断を尊重することです。
段階的な移行を提案する
いきなりすべての契約を電子化するのではなく、「まずは秘密保持契約から試してみませんか」「更新契約だけ電子化しませんか」といった段階的な移行を提案する方法も効果的です。
一度電子契約を経験してもらえれば、「思ったより簡単だった」と感じてもらえることも多く、その後の電子化がスムーズに進むことがあります。
ハイブリッド運用の基本設計
紙と電子を併用する場合、運用が煩雑にならないよう、事前にルールを決めておくことが重要です。
運用ルールで決めておくべきこと
1. 電子契約を原則とするか、紙を原則とするか
自社の方針として、どちらを原則とするかを明確にします。「原則は電子契約とし、取引先の希望がある場合のみ紙で対応する」という方針が一般的です。
2. 電子契約の対象範囲
すべての契約を電子化の対象とするのか、特定の契約類型(秘密保持契約、業務委託契約など)に限定するのかを決めます。
3. 紙で対応する場合の判断基準
どのような場合に紙での対応を認めるのか、判断基準を設けます。「取引先から書面での希望があった場合」「〇〇万円以上の契約の場合」など、明確な基準があると現場が判断しやすくなります。
4. 承認プロセス
紙での対応を行う場合、誰の承認が必要かを決めます。現場担当者の判断で紙に切り替えられるようにするのか、上長の承認を必要とするのかを明確にしておきます。
契約類型ごとの整理例
| 契約類型 | 対応方針 | 備考 |
|---|---|---|
| 秘密保持契約 | 電子契約を推奨 | 比較的理解を得やすい |
| 業務委託契約 | 電子契約を推奨 | 継続取引は電子化メリット大 |
| 売買契約 | 電子契約を推奨 | 印紙税削減効果が大きい |
| 賃貸借契約 | 電子契約可(要同意) | 2022年5月以降対応可能 |
| 雇用契約 | 電子契約可(要同意) | 労働条件通知書も電子化可能 |
| 建設工事請負契約 | 電子契約可 | 建設業法対応のサービスを選択 |
| 定期借地契約 | 電子契約可 | 借地借家法改正により対応 |
| 事業用定期借地契約 | 紙(公正証書)必須 | 電子化不可 |
紙の契約書を受け取った場合の管理方法
取引先の希望で紙の契約書を締結した場合、その管理方法も決めておく必要があります。
方法1:紙のまま保管する
従来どおり、紙の契約書をファイリングして保管する方法です。電子契約書とは別に管理することになるため、契約書の一元管理が難しくなるデメリットがあります。
管理のポイント
- 保管場所を決め、施錠できるキャビネット等で管理する
- 取引先名、契約種類、締結日などで分類・整理する
- 契約書台帳を作成し、紙・電子を問わず契約状況を把握できるようにする
方法2:スキャナ保存を活用する
紙の契約書をスキャンして電子データ化し、電子契約書と一元管理する方法です。電子帳簿保存法のスキャナ保存の要件を満たす必要があります。
スキャナ保存の主な要件
- 解像度200dpi以上でスキャン
- スキャン後、速やかにタイムスタンプを付与(または訂正・削除履歴が残るシステムで保存)
- 見読可能装置(ディスプレイ等)の備付け
- 検索機能の確保
スキャナ保存を行う場合、原本である紙の契約書は、一定の要件を満たせば廃棄することも可能です。ただし、重要な契約書については、念のため原本も保管しておく企業が多いようです。
方法3:契約管理システムで統合管理する
電子契約書と紙の契約書(スキャンデータ)を、契約管理システムで一元的に管理する方法です。契約の更新期限管理や検索が容易になり、ハイブリッド運用の課題を解消できます。
取引先への案内と説明のポイント
電子契約への移行を取引先に案内する際のポイントを整理します。
案内のタイミング
新規取引開始時
新しく取引を開始する際に、「当社では電子契約を導入しております」と案内するのが最もスムーズです。取引開始前であれば、電子契約を前提とした取引条件として提示しやすくなります。
契約更新時
既存の取引先に対しては、契約更新のタイミングで案内するのが自然です。「次回の更新から電子契約に移行させていただきたい」という形で提案します。
一斉案内
電子契約の導入を機に、既存の取引先全体に一斉に案内する方法もあります。この場合、案内状やメールで丁寧に説明し、質問や相談を受け付ける窓口を設けておくとよいでしょう。
説明すべきポイント
取引先に電子契約を案内する際は、以下のポイントを説明すると理解を得やすくなります。
1. 法的有効性
電子署名法により、電子契約も紙の契約と同等の法的効力を持つことを説明します。2020年の政府見解により、クラウド型電子契約サービスの法的有効性も認められていることを伝えると安心感を与えられます。
2. 取引先側のメリット
取引先にとってのメリットを具体的に伝えます。
- 印紙税が不要になる
- 郵送の手間と時間がかからない
- 契約書の紛失リスクがなくなる
- いつでもどこでも契約内容を確認できる
3. 操作の簡便さ
電子契約の操作が簡単であることを伝えます。多くの電子契約サービスでは、受信者側はアカウント登録不要で、メールで届いたリンクをクリックし、画面上で同意ボタンを押すだけで完了します。
4. 紙での対応も可能であること
電子契約が難しい場合は紙での対応も可能であることを併せて伝えます。これにより、取引先は安心して検討できます。
案内状の文例
以下は、取引先への案内状の文例です。
件名:契約書の電子化についてのご案内
〇〇株式会社
〇〇部 〇〇様平素より格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
さて、当社では業務効率化および環境負荷低減の観点から、契約書の電子化を推進しております。つきましては、貴社とのお取引におきましても、今後は電子契約サービスを利用した契約締結をお願いしたく、ご案内申し上げます。
【電子契約の概要】
・利用サービス:〇〇〇〇(電子契約サービス名)
・締結方法:メールでお送りするリンクから、画面上で内容をご確認いただき、同意ボタンをクリックしていただくだけで完了します
・ご準備いただくもの:メールアドレスのみ(アカウント登録は不要です)【電子契約のメリット】
・印紙税が不要となり、コストを削減できます
・郵送の手間と時間が省け、スピーディに契約を締結できます
・締結済みの契約書はクラウド上で保管され、いつでも確認できますなお、電子署名法により、電子契約も紙の契約書と同等の法的効力を持ちます。ご安心ください。
ご不明な点やご質問がございましたら、下記担当者までお気軽にお問い合わせください。また、諸事情により書面での契約をご希望の場合は、その旨お申し付けいただければ対応いたします。
何卒ご理解とご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。
ハイブリッド運用を成功させるコツ
コツ1:契約管理台帳で一元把握する
紙と電子が混在すると、「あの契約書はどこにあるのか」「更新期限はいつか」といった情報が散逸しがちです。契約管理台帳を作成し、紙・電子を問わずすべての契約を一覧で把握できるようにしましょう。
台帳に記載する項目例
- 契約番号
- 取引先名
- 契約種類
- 契約締結日
- 契約開始日・終了日
- 更新条件(自動更新、都度更新など)
- 保管形式(電子/紙)
- 保管場所(サービス名、ファイルパス、キャビネット番号など)
- 担当者
コツ2:電子化率を定期的に確認する
ハイブリッド運用を続けながらも、電子化率を高めていく意識を持ちましょう。定期的に電子化率を確認し、紙で対応している取引先に対しては、折を見て再度電子契約への移行を提案します。
「昨年は電子化率50%だったが、今年は70%を目指す」といった目標を設定するのも効果的です。
コツ3:社内の問い合わせ窓口を設ける
ハイブリッド運用を始めると、現場から「この場合はどうすればいいのか」という問い合わせが発生します。法務部門や総務部門など、問い合わせ窓口を明確にしておくと、運用が安定します。
よくある質問とその回答をまとめたFAQを作成し、社内で共有しておくのも有効です。
コツ4:取引先の状況を記録しておく
取引先ごとに、電子契約の可否や希望を記録しておくと、次回の契約時にスムーズに対応できます。
- A社:電子契約可、〇〇〇〇で締結済み
- B社:紙を希望(社内規程の関係)
- C社:電子契約を検討中、次回契約時に再度案内予定
コツ5:無理のないペースで移行する
すべての取引先を一度に電子化しようとすると、現場の負担が大きくなります。無理のないペースで移行を進め、ハイブリッド運用の期間を「移行期間」と位置づけて、徐々に電子化率を高めていきましょう。
電子契約に移行できない契約への対応
法律上、電子契約が認められていない契約も一部存在します。これらについては、紙での対応が必須となります。
電子化できない主な契約
| 契約・書面 | 根拠法令 | 備考 |
|---|---|---|
| 事業用定期借地契約 | 借地借家法 | 公正証書での作成が必須 |
| 任意後見契約 | 任意後見契約に関する法律 | 公正証書での作成が必須 |
| 農地の賃貸借契約 | 農地法 | 書面での契約が必要 |
これらの契約については、電子化の対象外として明確に区分し、従来どおり紙で対応します。
まとめ
電子契約の導入は、すべての取引先が一斉に対応できるわけではありません。取引先の事情を尊重しながら、紙と電子を併用するハイブリッド運用を行うことが、現実的かつ円滑な移行方法です。
ハイブリッド運用を成功させるポイントを整理すると、以下のようになります。
- 運用ルールを明確にする—電子契約を原則とするか、紙で対応する場合の判断基準は何か
- 契約管理台帳で一元把握する—紙・電子を問わず、すべての契約を一覧で管理する
- 取引先への案内は丁寧に—法的有効性、メリット、操作の簡便さを説明し、紙での対応も可能であることを伝える
- 電子化率を定期的に確認する—目標を設定し、徐々に電子化率を高めていく
- 無理のないペースで移行する—ハイブリッド運用を「移行期間」と位置づけ、段階的に進める
取引先との良好な関係を維持しながら、着実に電子契約への移行を進めていきましょう。

